大切な人 1-7


「待って」
 フォースは、リディアが伸ばした手を掴んだ。フォースを見上げてぶつかった視線に驚いたように、リディアは目をそらしてうつむく。
「俺、何か不安にさせるようなこと、したかな」
「ううん、そうじゃないの。ホントに、なんでもないの」
 リディアはうつむいたまま首を横に振った。フォースがリディアを捕まえている手に力がこもる。
「でも、グレイには話したんだろ?」
 ハッとしてリディアは身体を硬直させた。フォースは掴んでいる腕をひいて、うつむいているリディアとまっすぐに向き合う。
「俺、リディアに出会えなかったら、騎士になれなかったと思う。あんな事があった出会いにすら感謝してる。嫌か?」
 リディアはギュッと目を閉じて、何度も首を横に振った。フォースは安堵したように小さく息を吐く。
「それに、城都でリディアの護衛をしなかったら、きっともうアルトスに斬られて死んでる」
 ゆっくりと顔を上げ、リディアはフォースを見上げた。フォースの濃紺の瞳が、リディアの不安げな表情を映している。
「もしも今、リディアが居てくれなかったら……」
 フォースは自分を見上げてくるリディアの頬に触れ、その感触を握りしめた。
「ゴメン、駄目だ。考えられない、考えたくない」
 フォースは力を込めてリディアを抱きしめた。その息苦しくて安らげる場所に、リディアは鎧が当たるのも気にせず、身をまかせる。
「俺にはリディアが要るんだ。何から何まで全部知りたい。でも、それは無理だって分かってる。だからせめて言葉にできることは教えて。お願いだから」
 フォースの言葉がリディアの身体に響き、背中のプレート越しの体温が手のひらに暖かく浸みてくる。
「ごめんなさい。嫌われるんじゃないかと思ったら、怖くて」
「嫌う? 俺が、リディアを?」
 フォースは、ほんの少し腕の力を抜いて、リディアをのぞき込んだ。リディアは腕の中でうつむいたままうなずく。
「私ばかり必要として、ただ重荷で。そう思っていたから……」
「でも、俺にもリディアは必要だよ」
 フォースの言葉に、リディアは少しだけ視線を上げ、はにかんだ笑みを浮かべる。そのまま引きつけられるように唇を重ねた。すべてが溶けて一つにならないのが不思議なほど、フォースが自分の中に生きていて、自分もフォースの中で生きていると思う。唇が離れたあとも、リディアは二人分の思いを胸に感じていた。

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