大切な人 2-4


「普段からずっと一緒だなんて、嫌になったりしませんか?」
「いいえ。初めて会った方なら緊張でそう思うかもしれませんが」
「好きだから」
「ええ、信頼できる人ですから」
 俺が、なんだそりゃ、と思った言いようにも、リディアは微笑を浮かべたまま、こともなげに返している。部屋の隅にいるグレイと目が合うと、グレイは顔の右半分だけに笑みを浮かべて見せた。トレイルは俺のよそ見を気にせず言葉をつなぐ。
「僕はリディアさんの歌のファンなんですよ。時間が空く限り、聞かせていただきに神殿に通っています」
「ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をして、ゆっくり頭を上げたリディアの表情をのぞき込むように、トレイルは顔を寄せた。
「いやもう、聖歌もあなたの歌声で意味が変わります。まるで恋の歌を聴いているように胸が高鳴ってしまう」
「え? どうしましょう。どうしたらそのままの意味で、あなたに伝えられるでしょうか」
 眉を寄せ、真剣な瞳で聞いたリディアに、トレイルは苦笑を浮かべて両手を振って見せる。
「いえ、そうではなくて。私はあなたが好きだから」
「は? 私の歌ではなくて、私をなんですか?」
 うなずくトレイルを見て、リディアは寂しそうに瞳を伏せた。
「そうなんですか……」
「あ、も、もちろん歌声も好きですよ?」
 慌てて付け足された言葉に、リディアはほんの少し苦笑する。
「私はソリスト見習です。歌がすべてですから」
 そう言うと、リディアは小さくため息をついた。トレイルは俺をチラッと見てから、リディアに視線を戻す。
「あなたの柔らかな声、透き通った瞳、艶やかな髪、豊かな胸、細く長い指。そして思い出しただけで陶酔してしまう抱き締めた時の肌の感触、キスで伝わる心臓の鼓動。命をかけてあなたをお守りしましょう」
 呆気にとられて聞いていて、振り返って俺を見たリディアの不安げな視線でハッと我に返る。
「あ、あんた何言って」
 うろたえている俺に、トレイルが思い切り顔をほころばせた。
「劇中のセリフですよ。そっか。こういうセリフ、言わないんですね?」
「誰がですか?」
「やだなぁ、フォースさんがですよ」
 ブッと吹き出して、俺は口を隠した。そんなセリフは、台本があっても読むことさえ無理だと思う。立ったまま見下ろしていればよかったと思う俺の気持ちなど意に介せず、トレイルは言葉をつなぐ。

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