大切な人 2-5
「じゃあ、どうやってリディアさんを口説いたんです?」
どうやってと言われても、そんな痒くなりそうなセリフを口にした記憶なんて無い。返答に窮していると、トレイルは手のひらを拳でポンと叩く。
「あ、覚えてない? 無意識に言えちゃう? いいですねぇ、そういうの」
「む、無意識? って、そうじゃなくてっ」
声がひっくり返りそうになり、俺は口をつぐんだ。恋人同士だと言うことは禁じられている。どうやって口説いたじゃなくて、口説いていないと言わなくてはならない。俺は気を落ち着かせるため、なるべく静かに深呼吸をした。それがトレイルにはため息のように聞こえたらしい。笑みが優しくなった気がしてゾッとする。
「あなたがたが、なぜ騒がれているか知っていますか?」
そう言うと、トレイルは笑みを浮かべたまま、俺とリディアの顔を交互に見た。俺は顔を歪めてトレイルに視線を返す。
「あなたが演じているからでしょう。できれば噂も全部引き受けて欲しいところですが」
「まぁ、半分はそうかもしれませんけどね。やはり噂は火のあるところから立つものですよ」
その言葉に、俺は思わずリディアと顔を見合わせ、それからトレイルに向き直る。
「俺たちは、なにも」
「いいですか? フォースさんは二位の騎士で独身、リディアさんは女神の降臨を受けている巫女、それだけで元々存在が火なんです」
反論しようとして、何一つ言葉が出なかった。グレイは腹に手を当てて必死に笑いを堪えているようだ。トレイルは人差し指を立ててニッコリ笑う。
「ね? 噂を避けようというのは無茶な話でしょう? だったら僕に任せてくださいよ。演じることで、世間の目の半分を引き受けますから」
「逆にこっちが巻き添え食っているような気がするんだけど」
顔をしかめた俺に、トレイルは目を丸くしてみせる。
「あれ? 言ったでしょう? あなたがたが火なんですって」
「いや、そういうことでは」
「色々教えてくださいよ」
トレイルが言った言葉に、ハッとして口を押さえたリディアと視線を交わし、俺は深くため息をついた。何でもかんでもネタにされ、大衆の面前で演じられるなんて冗談にもならない。
「だから好きにするといい。架空の世界なんでしょう? 事実がどうであろうと知る必要すらない」
「そんなこと言わずに。知られても支障のない些細なことでもいいんです」
どんなことでも、と食い下がってくるトレイルに、俺は首を横に振ってみせた。トレイルの後ろの廊下から、マルフィさんが俺に向かって手招きをしているのが目に入る。俺は、さらに何か言いかけたトレイルを遮り、ちょっと失礼します、と言いがてら、扉の前にいる騎士にコイツを見張っていろとばかりに視線を送った。意志が通じたのか、片目をつむった騎士の敬礼を見て、テーブルを後にする。