大切な人 2-6
「なんだか可愛いですね、彼。単純というかなんというか」
歩き出したとたんに、トレイルの幾分低くした声が背中に聞こえた。思わず顔が引きつったが、無視して歩を進める。
「とても安心できる人でしょう?」
トレイルは、リディアの返答に平たい笑い声をたてている。
「でも不器用ですねぇ。もっとうまく立ち回れる人なら、あなたも楽でしょうに」
「私、彼がそういう人だから信頼できるんです」
どうでもいいけど、全部聞こえるだろうが。それとも聞こえるように言っているのか。それでもリディアが返してくれる返事に、気持ちが安らぐ。後ろを向いて壁を叩かんばかりに笑っているグレイを横目で見ながら通り過ぎ、俺は廊下へと入った。
廊下に立っていたマルフィさんの側まで行くと、マルフィさんは俺の耳に口を寄せる。
「なにか、教えてあげてくれないかい?」
なんとなくその言葉を予測していただけに、深いため息が出た。
「これ以上話が大きくなるのも。勝手にやってくれる分には、かまわないんだけど」
「勝手にやっていいのかい?」
「えっ?!」
あること無いこと演じられるのもマズいような気がして、思わずまじまじとマルフィさんの顔を見た。でも、事実だろうがそうでなかろうが、結局俺とリディアをネタにするのをやめないのなら同じことだ。
「マルフィさんが知っていることくらいなら、彼に教えてあげていいよ」
マルフィさんの一生懸命な目を見ていて、その演劇をチラッと見て帰った日、気持ちが落ち着いてからリディアが言っていた言葉を思いだした。そう、確か、周りの人たちは楽しそうだった、と。
神殿の人々の幸せそうな雰囲気とはまた違うが、演劇で作り出す世界も、リディアが聖歌で作り出す世界と、共通する部分があるのかもしれない。リディアは最初からそれを感じ取っていて、信者や観客を包み込む側として理解し、大切に思っているのだろう。トレイルの仕事も、命をかけて、と言えるだけのモノなのだ。
やり方は違っても、目指すところはリディアもトレイルも同じ。だとしたら俺の対応も自ずと決まる。
マルフィさんは考え込み、困ったような顔をして、俺を見上げてきた。
「だけどねぇ? 知っていることは全部話しちゃったからねぇ」
でも、コレは話が別だ。そこまで協力する気はない。俺は、悪いけど、と苦笑して肩をすくめた。
部屋の方からリディアが廊下へ入ってくる。マルフィさんも、俺の視線につられてそちらを向いた。
「リディアちゃん、どうしたんだい?」
マルフィさんに聞かれ、リディアは笑顔を見せる。
「トレイルさんにお茶を淹れなくちゃと思って」