大切な人 08-5


「え? ローネイとのことは、フォースと出会った数日前の話よ?」
「は? じゃあ十二歳? にしては、随分怒ってるんじゃ……」
 俺が眉を寄せると、リディアはすぐ側から不安そうに見上げてきた。
「昔のことだって、信じてくれないの?」
「そうじゃなくて。今まで四年間も忘れられないくらい、ひどいことをされたのかと思って」
 俺の目をのぞき込んでくる瞳に突き動かされるように、胸の鼓動が早くなる。俺の頬にリディアの手が触れた。
「心配してくれるの? 嬉しい」
 リディアは笑みを浮かべて頬にキスをくれたが、それだけでは不安も心配も消えない。リディアは肩をすくめると、俺の腕をとって、戻りましょう、と廊下へ導いた。
「もう、さんざんな思いをしたのよ」
 廊下へ入ると、歩を進めながらリディアは口を開いた。
「友達というほどの付き合いもなかったの。それがある日花束なんか持って来て、君が好きだ、君はぼくのお嫁さんになる人なんだよ、って」
「い、いきなり?」
 まじまじと見つめる俺に、リディアはうなずいてみせる。
「そう。それでね、私、信じちゃったの」
「は?」
 思わず目が点になる。リディアは掴んでいた俺の腕を揺すった。
「そんなに驚かないで。その時は、お嫁さんにならなきゃいけないのなら、好きにならなきゃって思っちゃったの」
 そこまで聞いて、リディアと出会った時のことを思い出した。その頃も純粋で、疑うことを知らない娘だった。
「ローネイを好きなんだって一生懸命思いこんだわ。それからすぐフォースに助けてもらって、好きになるってこういうことなんだって……」
 胸の前で手を重ね、うつむき加減な横顔に、うっすらと赤みが差した。俺がのぞき込むように見つめると、恥ずかしそうに少しだけ微笑む。
「でも、結婚する人は他にいるんだから、好きになっちゃいけないって思ったわ。それに、フォースにもフラれちゃったから、やっぱりって……」
「あれはフッたわけじゃ」
「同じだもの」
 フッたといっても、俺にはそんな感情は一つもなかった。リディアの父親に、神官になってリディアと結婚しないか、と問われ、騎士になると即答したことが、リディアにとってはフラれるということになってしまったらしい。

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