大切な人 10-3
神殿へと続く廊下へ入ってまもなく、厨房の前に立っているバックスが見えてきた。前線に出た時期が一緒で、俺にとって兄のような人だ。バックスは、こっちに気付くと苦笑を向けてくる。
「ティオがせっかく計った砂糖を食っちまったらしいぞ」
「は? なんだ、それで」
あまりのバカらしさに戻ろうかと思った時、厨房のドアの向こうから、ガタガタと何かを動かす音がした。
「何やってんだ?」
「さぁ?」
首をひねったバックスと顔を見合わせる。音がしなくなると、スティアの、気をつけて、という声が聞こえた。中には二人しかいない、当然リディアに声をかけたのだろう。心配になった俺はドアを開けた。
まずテーブルの上に乗せられた椅子が目に入った。その上にリディアがいる。
「な、何やって……」
「え? フォース?」
リディアが振り向いたせいか、足元の椅子がガタッと音を立てた。バランスが崩れる。
とっさに駆け寄り、落ちてくるリディアを受け止めようとしたが、足元が何かに滑った。リディアを身体で抱きとめ、その勢いのまま後ろにひっくり返り、後頭部を床にぶつける。目の前に火花が散った。
「フォースっ?! ごめんなさい、大丈夫?」
俺の上で起きあがったリディアが、ひどく心配そうな顔で声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと待って……」
頭を抱え込んだまま、身体を横にする。痛みで言葉が出てこない。心配させないように無理に身体を起こそうとすると、リディアは、じっとしてて、と俺の頭を膝に乗せてくれた。
「スティア、タオル絞ってくれる?」
分かったわ、と声がして、水音が聞こえだす。上からバックスが妙ににこやかな顔でのぞき込んできた。
「大丈夫か? よかったな。色々と」
ホントに心配してるのだろうか。色々って何だ。リディアを抱きとめた時、胸に顔を突っ込んだことか、それともこの膝枕か。片手で頭を抱えたまま思わず睨みつけると、バックスは口を隠してプククと変な笑い声をたてた。
「リディアさんは平気?」
「私はどこも」
絞ったタオルを手に、スティアが側に来る。
「四階から落ちた時よりは痛くないわよね?」
それが比べられるようなことか。リディアはスティアからタオルを受け取ると、ぶつけた所にそっとあてがって冷やしてくれる。バックスは、俺の足元の方をのぞき込んだ。
「なんだコレ。濡れてるぞ? 何に滑ったんだ?」
「あ、それ。ティオのヨダレよ。お砂糖を狙っていた時に、ダラダラだったの」