大切な人 11-3


 はい、と返事が聞こえ、ドアはすぐに開いた。ナシュアが来ると思っていたのだろう、応答に出てきたフォースは驚いた顔をしている。どこに置いたのか、バラは一本も見えない。
「ちょっと、あれどこに」
 その声で我に返ったのか、フォースはムッとした顔で花器を奪い取ると、無言でドアを閉めた。そのドアが顔を直撃するのが怖くて一歩下がったせいで、追求することができないままになってしまう。思わずその場で深いため息をついた。
「どうしました?」
 太い声に振り向くと、バックスがこっちを見ていた。相談してみてもいいかもしれない。
「フォース、真っ赤なバラを山ほど持って部屋に入ってるんです」
「リディアさんの部屋でフォースが戻った音は聞きましたが。バラ、ですか」
 バックスは、フォースと真っ赤なバラという場面が想像できなかったのか、呆けたような顔をしている。
「ドアが開いた時も、ここからは見えませんでしたよ?」
「ええ。だからなおさら心配で。普通なら机に置きますよね? わざわざ見えないように置いてあるなんて」
「はぁ、まあ。変かもですが」
 バックスは気の抜けた返事を返してきた。いかにも無骨そうな雰囲気に、恋愛のことなど聞かない方がよかったと後悔させられる。
「あのバラ、花屋の娘に送られたんでしょうか」
 そうつぶやくと、バックスは、アハハ、と、いかにも本心からではなさそうな笑い声をたてた。
「笑い事じゃないです」
 ムッとしてそう言うと、バックスは肩をすくめる。
「花屋の姉さんから受け取ったってことですよね? 配達じゃないんですか?」
「でも、どうして自分の部屋に?」
 そう聞き返すと、そうか、とつぶやき、バックスは難しげな顔つきになる。
「それに、なんだか押し切られて受け取ったみたいな話しをしていたんです。顔まで赤くして」
「はぁ。あなたにそう見えたのなら、そうかもしれません。ですが」
 バックスは言葉を切り、眉を寄せて考え込んだ。
 ですが、ということは、バックスは反論するつもりなのだろう。そうしてくれたら、少しは安心できるかもしれない。
「奴も男だからなぁ。絶対無いとは言い切れない」
 だが、思い切り意外な言葉が返ってきた。
「そ、そんな。まさか……」
 吐く息と共に出た言葉に、バックスは優しい微笑みを浮かべ、顔をのぞき込んでくる。
「そう思うなら、信じていればいいじゃないですか」
 その言葉にハッとした。返す言葉がない。なにか言い返さなくてはと、ただその微笑みに見入る。

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