満月の牙 2


 ルーナはアルフレートの肩口に頬を寄せると、牙をむき出して首もとに噛みついた。血液を嚥下するかすかな音が、アルフレートの耳に心地よく響く。
 初めてルーナに血を与えた時、これで死ねるかもしれないと思った。だが、二度前の満月の夜に変化してしまった身体が、それを許してはくれなかった。人としての自分は二十八年で終わってしまったというのに、それでもまだ生きているのだ。食事の邪魔にならないように頭を少し傾けたまま、アルフレートはルーナを抱いていた。
 傷が広がらないようにか、ルーナはゆっくり牙を抜き取ると、ふぅ、とため息をついた。見つめてくる生気を増したルーナの瞳に、自分の顔が暗く沈んで映る。
「生命力が強いって素敵」
「死んでいるのと同じだ」
 人でなくなった自分には、むしろ生命力などいらなかった。表情を変えないアルフレートに、ルーナは首を振ってみせた。
「でも、血は熱いわ」
 ルーナは目を細めると、アルフレートの唇にキスをした。
 外に人が近づく気配を感じ取ったのか、ルーナは扉を振り返るとアルフレートから離れ、石でできた柱の影に溶けるように姿を消した。同時にガタッと大きな音を立てて扉が開かれる。
「村長?」
「娘がさらわれたんだ。もう私にできることは、神に祈ることくらいしかない。しばらくここにいさせてくれ!」
 アルフレートがうなずくのを見ると、村長はふらつく足で祭壇の前まで進み、身体を小さく折りたたむようにして祈りを捧げている。
 相打ちにできれば村長の娘を助けられるかもしれない。自分は死ぬことができて、しかも彼女を助けられるなら一石二鳥だ。だがもしそのために死ねなくなるのなら、彼女の存在を無視してしまうかもしれない。そう思うと、自分が助けに行くとは口が裂けても言えなかった。
「神よ。どうか娘を無事に……!」
 組んだ両手を高く上げ、ただ祈り続ける村長を残し、アルフレートは静かに講堂を後にした。
「神、か」
 そうつぶやいた口の端には、自嘲が浮かび出た。そして声にはできない事実を、心の奥底で反芻する。
 俺は断じて神ではない、狼人なのだ。と。

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