満月の牙 3


   ***

 私をこんなにした人。そう言ったルーナの言葉を思い出す。娘をさらった犯人三人のうち、一人は吸血鬼なのだろう。アルフレートは上下とも黒く動きやすい服装に着替えると、相打ちになるための道具である、聖水をかけた木の杭を手にした。
 なにか武器になるモノも必要かとの考えが脳裏をよぎったが、頭を振ってそれを打ち消す。もし生き残ってしまったらと思うと、何のために行くのか分からなくなる。
 アルフレートは裏口から表に出た。村長の娘がさらわれた話が広まっているからだろう、外は日が落ちたにもかかわらず騒然としている。目立たないように表通りを避け、ルーナに教えられた小屋を目指した。
 空には満月になる一日前の月が、明るく辺りを照らしている。遠くに黒く見える森が、アルフレートの記憶を掻き立てた。

 二度前の満月の夜のこと。アルフレートは日の落ちた森の中、小さな明かりを手に家路を急いでいた。妙に弱々しい狼の遠吠えが、何度も耳に入ってくる。気味が悪いと思いつつ、だからこそ気にしている暇もなく、ただ先を急いでいた。
 脇の藪からアルフレートを追い越すように、子供が飛び出した。目を疑い見つめていると、その子は道の真ん中にへたり込んだ。駆け寄って助けようと伸ばしたその腕に、その子は突然噛みついた。
 小さな明かりに浮かんだその顔は、紛れもなく狼で。アルフレートの腕を押さえた手の甲にも、黒い毛がびっしり生えていた。視線が合うと目を見開き、腕を解放した牙のある口が、あいつじゃない、とつぶやき力を失った。
 仰向けに寝かせると、胸が血で染まっているのが目に入った。見る間に狼の顔が人間の子供の顔に変化していく。何が起こったのか分からないまま、アルフレートは、しっかりしろ、と声をかけ続けた。だが、その子は二度と目を開けることはなく、力尽きた身体は崩れていった。
「……、神よ」
 ポツンと残った銀の弾丸以外、骨すらも残っていなかったが、アルフレートはその子のために祈りを口にした。不自然な音を立てた藪を振り返ると、そこに一人の男が立ち上がった。
「ついに殺ったか」
 不気味な笑い声が響いたかと思うと、その男は大きなコウモリに変化し、空に向けて飛び立っていった。重たく、考えたくもない事実を残して。
 あの子は狼人だった。紛れもない事実だと思いつつも、認めたくはなかった。人に戻った顔は、とても可愛らしい人間の男の子だったのだ。かまれたことも、傷の痛みがそれほど酷くないために、完全に無視することができた。今思えば、すでに身体は狼人へと変化していたからなのだろうが。

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