満月の牙 4
そして。一度前の満月で、現実を思い知らされた。満月の光を浴びるほど、神父服に包まれた自分が狼の姿に変わっていく。見慣れない女性の横を通って教会の講堂から逃げ出すと、月光をさえぎるようにドアを閉めた。
誰かがドアを開けたら、神父として、そして人間としての自分は終わってしまう。いや、それより前に、すれ違った女性にはすでに見られてしまったかもしれなかった。恐怖と共に近づいてくる足音をさえぎったのは、高く澄んだその女性の声だった。
「神父さまは体調がお悪いようで、お休みになりました」
ドアの向こうの声は、アルフレートの事情を知っていた。村人を講堂から外に出して扉に鍵を掛け、それからアルフレートが隠れていたドアを開けた。
彼女は、見ないで欲しい、と嘆願するアルフレートを優しく抱きしめ、死にたい、と繰り返す言葉を唇でぬぐった。
「私もそうだったわ」
ルーナと名乗ったその女性は、吸血鬼に見初められてしまったと、まるで懺悔でもするように語った。自らが牙を立てずとも、運ばれてくる血液は間違いなく人間のもので。その事実を無視し続けることができず、吸血鬼の元を飛び出してきたらしい。
「お願い。生きて」
そしてルーナは言ったのだ。その血をちょうだい、と。
狼人の身体になってしまったせいか、明日には満ちる月の存在感が大きい。アルフレートは嫌悪から、その月を直視することができなかった。目をそらした先では数々の星が美しく瞬いている。
月の明るさに左右されないだけの輝きを持つ星が、アルフレートには羨ましく思えた。もしも自分が星だったなら、今夜は月の光に負け、闇に紛れているだろう。あの子供の牙を受けた時から、月光にかき消される存在になってしまったのだと思う。
二度と元には戻れない。しかも、神父であるからには、自ら死ぬことすらできない。
でも。これから向かう先には吸血鬼もいる。もしルーナに牙を立てた吸血鬼が子供の狼人を殺した吸血鬼と同一人物だったなら、間違いなく狼人の殺害方法を知っているのだ。
死にたいという望みが、やっと叶えられる。神父のまま死ねるのは、きっと幸せだろうとアルフレートは思った。
ふと、祈りを捧げる村長の顔が浮かんだ。そう、ただ殺されるだけでは娘を助けることはできないのだ。死ぬことと助けること、できることなら両方を手にしたい。アルフレートは気を引き締めながら、小屋が見えてくるだろう方向を見つめた。
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