満月の牙 7
アルフレートは男の肩口をつかむと、顔を突き合わせる。
「なぜ撃たない」
「た、弾が、もう……」
恐怖に顔を引きつらせた男を、思い切り壁に向かって投げつける。男は顔面から激突し、気を失ってひっくり返った。
ククッとのどの奥で立てた苦しげな声が耳に届く。
「ルーナがお前にここを教えたのは、お前が死ぬのを期待していたのかもな」
その声にアルフレートが振り向くと、吸血鬼は嘲笑を浮かべていた。
「そして彼女も、死にたかったのかもしれん……」
悲しげに、最後の一息でそう言った吸血鬼を見て、彼なりにルーナを愛していたのだとアルフレートは思った。ビクビクと身体をけいれんさせると、吸血鬼は動きを止め、足先、指先から砂となって崩れだす。形を失っていくその口が、ルーナを呼んだ気がした。アルフレートは全てが床に落ちるまで、ただその様を見つめていた。
辺りに動きが無くなり一息つくと、アルフレートは脇腹のナイフを抜き取り、傷口を手で押さえた。後ろから息を呑む音が聞こえる。
「神父さ、ま……?」
娘が視界に入るギリギリまで首を回すと、娘はその場に気を失ってくずおれた。どうしたのかと手を差しのべようとして、ナイフを持った手と傷を押さえた手が、血に染まっているのが目に入る。こんな姿を見たら、卒倒しても不思議ではない。
「汚い」
思わず、つぶやきが口を突いた。
「美味しそうよ」
扉のあった場所を見ると、いつの間にかルーナが立っていた。
「どうして……」
アルフレートが漏らした言葉に、ルーナはチロッと舌を出す。
「心配だったのよ、私のご馳走がなくなっちゃう」
ルーナはすぐ側まで来ると、アルフレートが手にしているナイフを取り、弾丸が残っている肩口めがけて突き立てた。痛みに顔が歪んだが、声を立てずに耐える。
「でも、これはいただけないわね」
そう言ってルーナがナイフを慎重に抜き取ると、銀でできた潰れた弾丸が、刃先に付いてきた。ルーナの手から離れたナイフが、床で冷たい音を立てる。アルフレートは知らず知らずのうちに、その弾丸を凝視していた。
「もう使えないわよ」
どこか寂しげな笑みを浮かべ、ルーナはアルフレートの肩から溢れ出る血を舐め取った。
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