至高の空 5


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 昨日のミスのせいで身体の節々が痛みだしたが、本番当日の今日も思ったほどひどくならずに済んでいる。空に放り出されて無理矢理ターンをし、スピードが落ちたところで踏ん張ったからだろう。昨日までの俺なら、怪我がなかったことすら恥ずかしくて、雪に穴を掘って隠れているんじゃないかというくらい落ち込んでいるところだ。
 だが泣いてスッキリしたからか、恐怖もわだかまりもポイントへの執着も全部捨てて、俺はその至高の空というヤツを見るつもりになっていた。少しでも視界が悪いと、危険防止のためにスタートが遅れたりするが、今は風もなく天気も良すぎるくらいに上々、あとは自分の力を出し切るだけだ。
 昨日側を通りかかったコーチとその弟子が、一緒になって見下すような目を向けてきたが、しっかりと心の底から笑みを返してやった。お前らは俺のコーチに選ばれなかった人間なんだと、優越感さえ感じてしまう。今まで生きてきて気付かなかったが、俺は実は物凄い現金な人間なのかもしれない。
 スタート地点に立っても、今までのスランプが嘘のように集中できた。これならいける。必ずライン通りに飛び、そして至高の空を見てやるのだ。
 時計の音を合図にコースに飛び出す。出たとたんに、あれ? と思った。バーンがかっちり締まっていて、かなりいい状態なのだ。これも天気のイタズラだろう。この先コースは荒れるかもしれない。だが、スタート地点とゴール地点では気温すら違うのだから、後から滑る奴のことなど気にしている暇は無い。そう思った刹那、頭が勝手に回転を始めた。身体の痛みすら全部忘れた。
 速度が上がっていくにつれて空気が風になり、頬をえぐろうとでもするように鋭くなってくる。その刺激で呼び覚まされた視界がクリアで、コースを捕らえるのが容易に感じる。身体の反応もよく、イメージ通り、ただひたすら赤い旗門を通り過ぎていく。スピードは乗っているが、昨日までの恐怖は心地いい緊張感と同化していた。
 コースも半ばを過ぎ、ついにその時がきた。予定したラインを、スピードそのままに空に飛び出す。ちょうど速度のせいで狭くなっている視野の真ん中、山と山の間に、真っ青な空が映った。その青が感情に残っていた霧さえも一気に吹き飛ばしていく。

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