脇道のない迷路 1-2


 鎧の奴らは表通りに向かい、金属がぶつかる鎧の音が遠ざかる。だが、その音のせいで鎧を着ていない男の足音がよく聞こえない。俺は息を殺して耳を澄ました。だんだん気配が近づいてくる。
 ふっと目の前を影がよぎる。俺はその背中をめがけ、身体ごと思い切り肘を叩き込んだ。グゥッといううめき声とともに、そいつは前に抱えていた子供を離した。俺はその子の手をつかんで、路地の奥へと駆けだした。
 みぞおちの裏側への打撃は結構効くモノだ。奴が叫ぶまで一息あった。
「セルバード、ネルギア、戻れ!」
 俺は、ゴミバケツやらなにやら手当たり次第ひっくり返しながら走った。叫んでから追ってきたのだろう、それを蹴り飛ばす音はまだ少し遠い。
 うちの生け垣が見えた。その手前、石の壁との間に潜り込み、俺は手を引いていた子を胸に抱いた。そして少し木の間隔に余裕がある場所に背を向けて、中に突っ込む。
「どっちに行った?」
「向こうだ、くそっ!」
 鎧を着てその生け垣の隙間は狭いのだろう、バリバリと木がきしんで折れる。木の悲鳴を耳にしながら、俺はそこから陰になる左奥の裏口に、音を立てないよう滑り込んで鍵をかけた。
「大丈夫だから音を立てないで」
 俺はそれだけ言うと、その子を抱きしめて戸の下に屈み込んだ。扉の上三分の一ほどはガラスになっている。そこを黒い影が覆った。ガチャガチャと戸が揺れ、その子の震えが俺の身体に伝わってくる。俺は片方の手でその子の髪をなでた。
「中に入ったのか?」
「いや、見てねぇ。誰も見えないぞ?」
「表に逃げたか? まわるぞ」
「おい、ここルーフィスの家だ!」
「なんだって? 首位の騎士のか?」
 ガラスに光が差し、家のまわりにひいた砂利の上を走る音が遠ざかっていく。ここが父の家だと気付いてくれたなら安心だ。表からはここが見えない。玄関は最初から鍵がかけてあるし、父の家だと分かった以上、いきなり入ってこられることはないだろう。
 俺はホッとして、大きく息を吐いた。とたん、抱いていた子が抑えた声で泣き出し、俺は慌ててその子を放した。
「あ、ご、ゴメン。うちにいればもう、!」
 離れて初めて気付いた。服の前が破れて、白い肌がのぞいている。その子はその裂け目をかきむしるように爪を立てていた。指の隙間に内出血の跡が見え、爪が通った後にピンク色の筋が残る。
「やめろよ。傷になっちまう」
 俺は思わずその手を掴んだ。その子の目が驚いたようにこちらを向く。上気して目を見開いた顔は思いのほか整っていて、よくできた人形のように見えた。その瞳が歪み、涙がいくつもこぼれる。
「だって、気持ち悪い……」
 しゃくり上げるたびに琥珀色の髪が揺れ、また涙がポツポツと落ちた。
 あいつらは本物の騎士だろうか。鎧は間違いなく国のモノだった。あさってには俺もあいつらの仲間なのか? そう思うと吐き気がする。俺は立ち上がり、掴んだままの手を引いた。
「おいで」

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