脇道のない迷路 1-3
その子を連れて、俺は洗面所からタオルをとって台所へ行った。思った通り、沸かしっぱなしだったお湯がぬるくなっている。俺はその湯でタオルを絞ってその子に渡した。
「これで拭いて。何もしないよりはマシだろ」
こくんとうなずいて、その子はタオルで身体を拭き始めた。それから四〜五回、タオルを洗って渡した。このままだと、きっと際限なく繰り返しても気が済まない。白かった肌が赤くなっているのが分かる。俺はこれが最後だと、絞ったタオルを広げて渡した。
「顔も拭いて。家はどこ? 明るいうちに送っていくよ」
その子は微かにうなずいたが、不安げに俺と視線を合わせてくる。
「でももし、あの人たちが外にいたら……」
奴らが外にいたとしたら。でも、明るい表通りなら俺の目は紺色に見える。それは俺が首位の騎士、ルーフィスの息子であるフォースだと限定する事実だ。何をしてくるにしても迷いは絶対に生まれるから、その分こっちにも対処のしようはある。安心させようと思い、俺は笑顔を浮かべて見せた。
「もしいても、表から出れば人通りも多いから、そうそう手出しはできないさ」
「表通り……?」
その子は両手で隠すように服の破れを合わせた。そうか、確かにそのまま表通りは歩きたくないだろう。俺は手っ取り早く居間の椅子にかけてあったシャツをとって、その子の肩にかけた。
「でかいから、服の上からでも大丈夫だよ」
「でもこれ、このうちの人の……」
「あぁ、それ俺のだ。ここは俺の家だよ」
その子の顔に、ほんの少しだが笑顔が浮かんだ。それからシャツに袖を通す。長すぎる袖を何度か折ってようやく出た指で、シャツの前をしっかり閉じた。
「いい? いこう」
俺はその子がうなずくのを見てから玄関に向かった。玄関を出たが、まわりに奴らは見えない。俺はその子の背中に手を当て、その子が指し示す方向へ歩を進めた。
人通りはまだある。ちょうど家路につく人が多い時間帯だ。何かあっても知らんぷりをする奴らばかりでも、何か起こす方の精神的なカセにはなる。
その子の家は、思いのほか近かった。城都の中でもわりと大きな邸宅だ。その家の前に差しかかるなり、中から女性が姿を現した。
「リディア! どこに行ってたの!」
その声に視線を向け、その子はその女性に駆け寄っていく。
「お母さん……!」
その子はその人の腕の中に、すっぽりと収まった。俺は、その子を優しく抱きしめるその人に、思わず懐かしい母の姿を重ねた。
「エレン……?」
一瞬耳を疑った。だが、その女性がつぶやいたのは、確かに母の名前だったのだ。
「あ、ごめんなさい」
その名前に、俺はよほど驚いた顔をしたのだろう、その人は俺に謝った。俺はその人にきちんとお辞儀だけして、その場所から逃げ出した。背中に引き留めようとする声が聞こえたが、俺は足を止めなかった。
彼女は母を知っているのだろうか。どんなことでもいいから母の話を聞きたかった。でも今は。今の俺は。