脇道のない迷路 3-1
家を飛び出したからといって、行く当てはなかった。ただ城を目にしたくないので、町の外へ向かって歩いた。
まさか、父からあんな言葉を聞くなんて、思ってもみなかった。当然、人を斬らずに騎士をやっていけるとは、俺も思っていない。でも、戦の中にも必要のない殺生はあると思う。それを避けたいと思う俺の気持ちを、余計だと言うのか。父はただ剣を取り、何も考えずに敵を斬ってきたって言うのか? それで首位なのなら、騎士なんかくそくらえだ。もう、何も考えたくない。このままどこかに消えてしまえればいい。
いきなり後ろから回された大きな手が口を覆い、首に腕が巻き付いた。そのまま後ろ向きに路地へ引きずり込まれる。息が苦しい。視線の端に、リディアを襲った騎士の一人が見えた。鎧姿のままだ。
「今日自分が何をしたか、もう忘れたのか?」
「こんな日に、陽が落ちてから歩き回るなんて、いい度胸だな」
もう一人の声が左横で聞こえた。やはり鎧の音がする。くそったれ、ちゃんと三人いやがる。これじゃあ逃げ出すのも大変だ。
引きずられるまま、建物の中に入った。床ではなく地面だ。足音が立たない。なんだか妙に暖かく、ゴーゴーと大きな音が地鳴りのように響いている。申し訳程度の小さな明かりで、壁一面に鎧のパーツが積んであるのが浮かんで見えた。鍛冶場? この音は窯を熱する炎の音だろうか。思い切り叫んでも、これでは壁の向こうに聞こえるか分からない。
ふと腕が離れたと思いきや、仰向けに地面に叩きつけられた。後頭部を打った俺は、頭を抱えて転がった。丸めた腹部に足が飛んできて、俺はグッと力を入れてその蹴りに耐える。
「今日あったことは、忘れてもらわなきゃならない。分かるな?」
できることなら俺だってそうしたい。騎士にこんな奴らがいるなんて。父があんな騎士だったなんて。もう一度腹に蹴りが入る。足で俺を仰向けに転がすと、図体のでかい鎧のない奴が、俺の上腿にドンと勢いをつけて座り込んだ。左手で体重をかけて俺の口を押さえ込み、真上から目をのぞき込んでくる。
「忘れられなくても、俺らを思い出すたびに震え上がってくれないと困るからな。少し痛い目にあってもらうぜ」
そいつはそのままの体勢で腹に拳を叩き込んだ。膝を立てられないので身体を縮めることができない。しかも背中は地面なので衝撃がもろにくる。激痛に声が出ても、それはそいつの手の中にこもるだけだ。そいつはにやけた顔をしながら、一度打っては俺の反応を楽しむようにながめている。手は自由だが、圧倒的な力の差とこの体勢ではどうにもならない。口を押さえつけた手を引きはがそうともがいていて、頭の少し上にある高く積んだプレートが目に入った。気付かなかったふりをして目を閉じる。少しでも隙を見せたら反撃してやる。こいつらに屈服するなんて絶対にイヤだ。