脇道のない迷路 3-2
黙って見ていた奴だろう、俺を殴っている奴の肩を叩くような振動が口に伝わってくる。
「おい、殺してしまったら面倒だぞ」
「そうそう。そんなガキ、怖がらせときゃ充分だ」
見張りなのか出入り口の方からもう一人の声が聞こえ、その声の主が笑い出した。外に向かっての声だ。あそこで笑えるのは、まわりに人がいないからだろう。やはり自分でどうにかするしかない。
腹部を打っていた手が止まり、グッと口をふさぐ手に体重がかかる。顔をのぞき込んでいるに違いない。俺が目を閉じたままでいると、そいつはふと口から手を放した。そのまま右頬を平手で打たれる。
「こら、俺の顔を覚えておけって言ってる。目を開けろ」
忘れて欲しいのか、覚えていて欲しいのかどっちなんだ。俺はゆっくり目を開いて視線を合わせ、できる限りの嘲笑を向けた。そいつの顔色が変わる。
「このガキ!」
そいつは俺の襟首を掴み、腰を浮かせた。今だ! 俺は地面に手をついて左膝を立て、右膝に反動をつけて浮いた腰を蹴り上げた。そいつは前につんのめるようにバランスを崩し、バンとプレートの壁に手をつく。とたんにプレートが崩れてきて、部屋中に盛大な音が響いた。崩れてきたプレートは、そいつと俺を覆っていく。上半身がそいつの下敷きになったおかげで、俺はプレートの直撃は免れた。
ガラガラと崩れる音が収まり、俺の上にいる奴は動かなくなった。重くて起きあがれない。腹に力も入らない。
ガタッとドアの開く音がした。
「バカ野郎、だからしっかり縛っとけって言ってる」
気配が近づいてくる。縛っとけって、もしかして奴らの仲間だろうか。だったら状況はなお悪くなる。
「足だ!」
「どうしたの?」
「崩れたプレートの下に人がいるっ!」
「なんだって?」
「バックス、手伝え!」
駆け寄ってくる音がして、プレートをどかしているのだろう音がしだした。よかった。奴らの仲間ではないみたいだ。
「生きてるかな」
「やめてくれ、死亡事故はゴメンだ」
少し経ち、ヨイショというかけ声と共に、上にいた奴がどけられた。脇からプレートがいくつか崩れてきて、俺はあわてて腕で頭をかばう。崩れる音が止まって、俺は腕の間からまわりを見た。
「こっちはのびてるだけだ」
そう言ってあいつを地面に寝かせた奴は、新しくて傷のない下位の鎧をつけている。