脇道のない迷路 3-3


「下のは元気みたいだぞ」
 もう一人、俺をのぞき込んだ奴は三十歳前後だろうか。作業着のような服を着て、その上に厚い前掛けをしている。他に人はいない。残りの二人もいない。プレートが崩れている間に逃げたのだろうか。
 下位の奴は寝かせた男のそばにしゃがみ込むと、頬を軽く叩きだした。
「おい、大丈夫か?」
「そいつを起こさないで」
 俺は振り絞るように声にしたが、ひどく腹が痛い。転がったまま腹を抱えて背を丸くした。こうすると少しだけ痛みがやわらぐ気がする。作業着の奴が俺をのぞき込んだ。
「守ってもらってそれはないだろう。お前さんの恋人か?」
「ち、違っ、全然違う」
 俺は焦って否定した。作業着の奴は、アハハと可笑しそうに大口を開けて笑う。
「じゃあ、なんだ?」
「そいつ、女の子を襲ってて、その子は助けたんだけど、捕まって襲われて」
「なんだ、やっぱり襲われてたんじゃないか」
「ええ? 違う、そうだけど、なんか違う。いっ、いてて……」
 息をたくさん吸い込むと腹が痛いので、俺は細切れな息の中で言葉をつなげた。そいつは腕を組んでウーンとうなると、止める間もなくいきなり俺のシャツをめくりあげた。
「うわ、こりゃまた随分……」
 そんなにひどいのかとそいつの顔を見ると、なんだかニコニコしている。
「お前さん、凄くいい身体してるなぁ」
「なっ?」
 俺がシャツを引っ張り返すと、鎧の奴が笑い声をあげた。
「大丈夫だよ。そのおじさんはただ筋肉が好きなだけだから」
「おじさんじゃない。ワーズウェルだ。鎧職人ってのは少なからずそういうモノだ」
「そうかなぁ」
「そうだ」
 その職人は騎士に返事をすると、俺に向き直った。
「そのくらいのブチなら、一週間もあれば消えるだろ。鍛えておいてよかったな」
 その言葉に、とりあえずはホッとした。だけどブチだなんて言い方はあんまりだ。
「じゃあ俺、こいつを騎士の詰め所にでも突き出してくる。その子、少し休ませてあげてよ」
 鎧の人はのびている奴に手を伸ばす。俺は慌てて引き留めようと声をかけた。
「自警団にして」
「はぁ? 自警団だ? 名ばかりの集団だぞ?」
 鎧の人は振り返って素っ頓狂な声を出した。
「自警団にして。仲間が二人いて、騎士の鎧を着けてたんだ」
 俺が訳を話すと、二人は驚いた様子で顔を見合わせた。鎧の人はこっちを向く。
「じゃ、交代だ。騎士の立場で自警団には頼りたくないよ。俺がこの子見てる。ウェルさん、行ってきて」
「あぁ、分かった」
 二人は途中でポンと手を合わせると、鎧の人がこっちに来て、ウェルさんという人は、のびたでかい奴を軽々とかついで出ていった。

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