脇道のない迷路 3-4


「立てるか?」
「たぶん」
 差し出された手をとって、俺は起きあがろうとした。腹が痛くて顔が歪む。
「無理なら無理って言え」
 その騎士は、俺をヒョイと抱き上げた。なんだか妙に腹が立つ。入ってきたところと反対側のドアを足で開けると、中に入った。正面に作業場があり、窯の火の照り返しで作りかけの鎧がオレンジに輝いて見える。壁に沿って左に曲がり、突き当たりにある階段から二階に上がりはじめた。
「家に帰った方がよかったか?」
 俺は首を振って見せた。
「ま、そうだよな。担ぎ込まれるより、一日行方不明の方が心配されなくて済む」
 本当かどうかは分からないが、そう言うとその騎士は自分でうなずいた。
 二階は居住空間だった。明かりが控えめについていて、テーブルや椅子、大きめなベッドなどがある。家財道具一式が置いてあるようだが、部屋が広いのと、隅々にまで明かりが届いていないせいもあってか殺風景に見える。俺は、そのベッドの上におろされた。
「まさか家出じゃないよな?」
 顔をのぞき込まれて、俺は思わず眉を寄せた。その騎士は困り切った顔で両手を広げる。
「まいったな。そうなのか? 家はどこだ?」
「すぐ側なんだ。親父が……、とんでもない奴で。泊めてくれるかな」
「きっと一日くらいなら大丈夫だろ。そうだ、俺はバックスって言うんだ。お前は?」
「フォース」
 言ってしまってからハッとした。だが、名を聞いたバックスという騎士は、ブッと吹き出した。呆れたような顔つきになり、冷えた笑みを浮かべる。
「お前ねぇ、親父がとんでもないとか言いながら、よりによってその名を語るか? フォースってのは首位の騎士ルーフィス殿のご子息だぞ? 目が濃紺で、今年一緒に前線に出るって言うから十九歳のはずだし。お前、ルーフィス殿には全然似てないし。それに目の色だって、あ? 真っ黒だな。これはこれで珍しい」
 俺はジーッとのぞき込んでくる視線から顔をそらした。このくらい暗ければ、俺の目は黒く見えて当然だ。しかも、ルーフィスの息子は十九歳だと決めつけている。きっと正式な手順で騎士になると、前線に出るのは十九歳なので単純にそう思いこんだのだろう。ルーフィス殿ルーフィス殿って、俺のことも含めてラッキーな方向に誤解されている。
「でも、俺もフォースっていうんだ。十四だけど」
「ま、いいよ、それでも」
 バックスは、困ったように苦笑した。
「嘘じゃない」
 なんだかムキになって、俺は言い返した。身体を起こそうとして、腹に痛みが走る。俺は背中を丸めて痛みを抱えた。バックスの手が伸びてきて俺の髪をなでる。
「分かったから。寝ろ。一晩泊めてくれるようにウェルさんに頼んどいてやるから」
 見上げると、バックスは優しそうな微笑みを浮かべていた。俺はうなずいて目を閉じた。俺は眠ってしまうまで、バックスの手を側に感じていた。

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