脇道のない迷路 4-2
「そういえば、バックスって人は?」
「明日は騎士の称号授与式があるんだ。その手伝いの打ち合わせに行ってるよ。あさっては出陣だ。前線近辺に配置されるらしい」
興味がなさそうに取り繕って、ふうんと返事をした。日程をわざわざ教えてくれるというのは、俺がフォース本人だとバレなかったからだろう。だが、あさってが出陣というのは、俺も一緒だ。いずれは本人だと白状しなければならない。本人だということを黙っていることとは別に、俺の中に無断欠席をした罪悪感がある。このまま騎士にならなかったら、たくさんの人を裏切ることになるんだろう。陛下やサーディ、クエイドさん、そして、父も?
「そうだ、昨日の奴な、下位の騎士だったらしいぞ」
そう言うと、ウェルはさんは大きくため息をつく。そう、と返事をして俺は顔をしかめた。あいつが下位なら、鎧を着ていた二人も本物に違いない。
「騎士なんて……」
「気持ちは分かるが、そんな奴らは、ほんの一握りもいない」
俺がつぶやきかけた言葉を遮って、不機嫌そうな返事が返ってきた。鎧職人なら、たくさんの騎士と交流があるのだろう。その返事は、至極当たり前だとは思う。
「それは、そうかもしれないけど」
「なんだ、どうした? 彼らが守ってくれるから、こうして普通の生活ができるってもんだ」
ウェルさんは眉を寄せ、怒ったのを隠しているような、半端に優しい声を出した。
「分かってる。分かってるつもりなんだ。でも、それでも、人を斬るのは罪だよね?」
予想外の言葉だったんだろう、ウェルさんは閉口した。そこまで考えたら、騎士はみんな罪人だ。そうじゃないのは分かってる。分かってるはずなのに。
「だけど誰も罪を感じているようには見えない。俺には、理解できない」
目を伏せた俺の迷いを見透かしたかのように、ウェルさんはため息をついた。
「お前さん、自分がガキだって知ってるか?」
「知ってる。でも、ガキやってる暇なんてないんだ」
「なに言ってる。まぁ、バックスにでも聞いてみろよ。帰りに寄るって言ってたから」
ウェルさんは、もう一度俺の頭を撫でると、下に続く階段へ向かった。その階段を下りかけて振り返る。
「メシ、できたら呼ぶからな」
「いいの? 痛いけど、腹は空いたんだ」
ウェルさんは、俺に笑みを残して下へと降りていった。
俺は布団をめくって、自分の腹をのぞき込んだ。打撲のあとがしっかり残っている。ブチという言葉が嫌になるほど当てはまる。
「畜生、あいつら……」
悔しさにかみしめた歯が、ギリッと音を立てた。