脇道のない迷路 5-2


 とどのつまりは騎士か。結局、あの男と同じに、相手を考えずに剣を振るうのか。
「お前さん、騎士になりたいんだな」
 ずっと黙りこくっていた俺の思考をさえぎって、ウェルさんが声をかけてきた。
「そうかもしれない」
 でも、違うのかもしれない。なりたかった騎士たちとは、根本的に何かが違う。その何かが、心の中で不安となって渦を巻いていた。
「十九のフォースは無断欠席だったぞ」
 ドドッと勢いよく、バックスが入ってきた。
「よぉフォース。わがままなお坊ちゃんは困るよな」
「そうだね。早かったね。おかえりなさい」
「いや、ここは俺んちじゃないけどね」
 そう言うと、声を立てて笑う。バックスも前線に出れば、他の騎士と同じに人を斬るのだろう。
「フォース、騎士になりたいんだって」
 ウェルさんの言葉をちょっと違うと思いながら、俺は、そうなのかと喜んでいるバックスを見ていた。
「何を守りたくて騎士になりたいんだ?」
 バックスは俺に疑問を向けてくる。騎士の学校で、よく話題にのぼる質問だ。
「みんなの普通の生活かな。それと、母さんの……」
「オイオイ、お子様だな」
 最後まで聞かないうちに、バックスは俺をからかって頭をつついた。
「バックスだって、母親は大事だろうが」
 ウェルさんは俺に助け船を出してくれた。俺は苦笑でごまかした。本当は母の後ろに名誉と続けたかったのだ。まったく別の問題だと分かってはいても、騎士になって国を守れば、母と俺への疑いも消えそうな気がする。
「守りたいモノがあるなら簡単なことだ。それを守るために騎士がしなければならないことは分かるだろ? お前さんの言う、罪を忘れないで騎士をするってのは、一つの形かもしれないがな」
 俺を慰めるようなウェルさんの言葉に、バックスは興味深そうな顔を向けた。
「こいつ、そんなこと考えてるのか。難しげなことを言うガキだな。確かに、敵味方なくその生活を守れるなら、それにこしたことはないんだろうけどね」
 バックスがうなずくのを見て、ウェルさんはあからさまに不服そうな顔になった。
「だが今はダメだ。最初はそんなこと考えちゃいけない。俺がお前さんの親父なら、そんな迷いは危険だ、敵を見たらサッサと斬り捨てろって言うぞ」
 その言葉に心臓が跳ねた。俺は言い当てられた言葉に驚き、ウェルさんに見開いた目を向ける。
「どうしてそんなことが分かるの? 俺、本当に親父にそんなふうに言われた」
「バカだなぁ。分からんか? お前さんの親父がお前さんの心配をしないはずがないだろ。きっと、可愛くてたまんないんだ」
 その冷やかし半分の答えに、俺は唖然とした。心配? そうか。親だからそう言ったのかもしれない。父が手当たり次第に人を斬る騎士だと思ったのは、俺のとんだ早合点か。いくら騎士になるといっても、父にとって俺はまだただの子供なんだ。そう思うと、一気に身体の力が抜けて、あんなに頑固だった胸のわだかまりが不思議なほどあっさり溶けていく。父への信頼が、そのまま騎士への信頼だったのだろうか。俺は胸のつかえと一緒に、大きく息を吐き出した。
 ウェルさんは俺の肩に手をかけ、今は黒く見えているだろう俺の目をのぞき込んでくる。

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