脇道のない迷路 5-3
「でも、俺はお前さんの親父じゃないからな。自分に自信が持てないのはもっと危険だ。まぁ、騎士の数だけ違うタイプの騎士がいるんだ。昨日のような奴らがいたとしても、お前さんが気にする必要はない」
「そうそう。俺は、正義の味方になる」
ウェルさんの言葉をうなずきながら聞いていたバックスは、俺にニヤッと笑って見せた。
「今でも充分、なってると思うよ。感謝してる」
俺はまっすぐに笑顔を向けた。バックスは喜んで俺の頭を撫でている。ガキ扱いされるのがなんだか気持ちがよくて、俺は心の底からホッとした。
「強くなりたいな。理想を地でいけるくらい、強くなりたい」
「まだ十四だろ。やればできるさ、先は長いんだから。だけど、そんなことで悩んでいるなんて悠長でいいな。俺はあさってには前線に出発だ。考えてる暇もない」
フゥッと大きなため息をついたバックスの背中を、ウェルさんがポンッと叩く。
「まずは生き抜くことだ。それが一番大切だ」
「分かってる。任せとけ」
今ならウェルさんの言葉に、心から賛同できる。元々は戦の存在自体が間違いなんだ。敵を切らずに、自分の命も、胸の中にある大切なモノも、何一つ守ることはできない。騎士は罪の中で生き抜く仕事なのだ。俺は目を閉じた。自分の中がハッキリ見えてくる。
父は、国民の生活をきちんと守っている。それは父の理想かもしれないし、理想への途中かもしれない。尊敬できるし、否定もしない。
そして、俺は俺で自分のやり方を、これから模索していけばいい。自分の理想や罪を打ち消してしまう必要はどこにもない。辛いことかもしれないが、俺はその両方を抱えていきたい。
もう父の一言くらいで、俺が動じることはないだろう。きっと平気でいられる。
「いろいろありがとう。俺、帰るよ」
「え? 大丈夫か? 家まで送ろうか?」
バックスの真剣な表情に、俺は本気で照れてしまいそうになる。
「もう、油断しないよ」
ウェルさんは微笑を浮かべてうなずいた。
「油断しないだけで大丈夫なのか?」
バックスは可笑しそうにケラケラ笑っている。でも本当に平気だ。敵の顔はしっかり覚えているし、今なら最初から逆らう元気もある。奴らに黙って負けたりはしない。
「平気だよ、ありがとう。明日は行くよ」
「おお。見に来いよ」
バックスは、ポンと俺の肩を叩いた。見に行くんじゃなくて出るんだけどと思い、俺は可笑しさをこらえた。
「最後に一つ、言っておきたいことがある」
ウェルさんは真面目な顔で俺に向き合う。
「なに?」
なんだろうと俺は、真剣にその目を見て聞き返した。
「寝てる時が無防備すぎる」
俺はウッと言葉に詰まった。バックスがブッと吹き出して、ゲラゲラと笑い出す。
「いや、人間そういうモノじゃない?」
ウェルさんは真面目な顔で首を横に振った。
「ダメだ。あまりにもひどすぎる。早いうちにどうにかしろ。お前さんには必要なことだ」
「努力します」
ウェルさんには、俺がそのフォースだということがバレているかもしれない。そう思いながら俺はていねいにお辞儀をして、鍛冶場を後にした。