脇道のない迷路 6-1


 家には誰もいなかった。父は忙しい人なので、たいてい家には帰らない。称号授与式の前日に家を留守にするのは毎年のことだ。今日もきっと帰らないだろう。だから俺が帰ったからといって、父と話ができると思ってはいなかった。でも今日は、誰もいない家が妙に寂しいと思った。あまりの手持ちぶさたに、お茶でも飲むかとお湯を沸かしはじめる。
 そういえば、年相応以上にガキ扱いされたのは初めてだった。昨日の晩からあの場所を出るまで、まったく自分の身の心配をせずに済んだ。ウェルさんとバックスが、なんでも先回りして考えてくれていたからだろう。身体の余計な力が抜けている。深呼吸をすると、今までよりもっと奥深くまで、空気が届いている気がした。
 玄関に下げたベルが音を立てた。思わず様子をうかがってシェダ様が見え、慌てて玄関の戸を開ける。そこにいたのはシェダ様だけではなかった。リディアって子も、その母親もいた。
「あ、あの、どうぞ」
 俺はそう言っておいてサッサと部屋に入り、椅子の上にあったシャツやらタオルやらを隣の部屋に放り込む。ドアを閉めて振り返ると、ちょうどシェダ様が入ってきた。
「いきなりで申し訳ない。早いうちに謝ってしまいたくてね」
「謝る、ですか?」
 いぶかしげな顔をした俺に、シェダ様は頭を下げた。その後ろから、リディアとその母親も部屋に入る。
「君を疑ってしまったことだ。すまなかった」
「いえ、そんなことは、もう」
「ルーフィス殿ともケンカをさせてしまって」
 いいえと首を振って、俺は後ろの二人に目をやった。シェダ様がそれに気付いてリディアを自分の前に出し、その母親を横に立たせる。
「妻のミレーヌだ。それと、お世話になったリディア」
 俺は頭を下げて挨拶をした。顔を上げた時には、ミレーヌさんが悲しげな微笑みをたたえていた。
「エレンに、生き写しなのね」
 そんなことを言われても、俺は自分の顔で母を懐かしむなんてことはできない。俺が苦笑すると、ミレーヌさんは慌てたように口を押さえた。
「ごめんなさい。懐かしくて」
 俺はもう一度、いいえと言って少しだけ頭を下げた。
「今度のことは本当にありがとう。助けてもらえなかったら、私たちはリディアを失っていたかもしれないわ。感謝します」
 失っていたかもしれない。ひどく重たい言葉だったが、奴らならやりかねないとも思う。
「俺はただ、連れて逃げただけですから。あ、お茶くらいしかないですけど、お持ちします。座っていてください」
 俺はサッサと台所に立った。家族という一つの単位が、俺にはまぶしい。その中にいると息苦しい。もしかしたら、ただ羨ましいだけかもしれないが。要は台所に逃げてきたのだ。さっき火にかけた、ほとんど沸いているお湯を見て、思わず苦笑する。

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