脇道のない迷路 6-2
「あの」
声に驚いて振り返ると、台所の入り口にリディアが立っていた。
「私がします」
そう言うとちょこちょこと入ってくる。キョロッとまわりを見まわすと、俺に確認を取りながらサッサとお茶の用意をはじめた。
「嬉しかったです」
リディアは向こうを向いたまま、お茶を入れながら話しだす。
「なにも言わないでいてくれて。父も母も、私も全部忘れられたらって思っていたの。でもダメだったみたい。ごめんなさい。私が話さなかったから、父が……」
少しうつむいたので、琥珀色の髪がさらさらと肩から落ちていく。コポコポとお茶の注がれる音が、妙に大きく聞こえる。この子にあのことを話させるくらいなら、俺が話せばよかったのだろうか。
「別に、話したくなければ、そのままほっといてもよかったのに」
「よくないです! きゃ!」
リディアはカップを持ったまま勢いよく振り返り、お茶をこぼしそうになってカップを両手で支えた。
「大丈夫か? 手にかからなかった?」
俺がのぞき込むと、リディアは頬を赤くしてカップを台に戻した。
「だ、大丈夫です」
リディアは髪を耳にかけると、トレーにカップを移している。耳まで少し赤い。
「ゴメンな。君が話すくらいなら、俺が話した方がよかったかもな」
俺がそうつぶやくと、リディアは驚いたのか目を見開いてこっちを振り返った。フッと目が細くなり口元がほころぶ。
「ありがとう」
いきなりリディアの手が首に掛かり、顔が近づいたと思ったら頬に柔らかい感触があった。
「お茶、運びますね」
「え? あ、頼むよ」
俺の返事にニコッと微笑むと、リディアはトレーを持って歩き出した。今の、キス、だよな? シェダ様の子だよな? どういう育て方しているんだろう? 家族の中にいたら、こんな風に普段からキスもするんだろうか。
リディアの後について居間に戻った。テーブルにお茶を置くリディアを、ミレーヌさんは優しい目で見つめている。
「なんだか、嫁にでも出した気分だな」
シェダ様がリディアに笑いかけた。リディアは少し眉を寄せる。
「変なこと言わないで」
そりゃあ、怒りもするだろう。リディアの反応に笑い声を立てて、シェダ様は俺に向き直った。
「フォース君、神官になってリディアと結婚しないか?」
何を言い出すかと思ったらこれだ。いや、冗談にもほどがあると思うんだけど。
「いえ、俺は騎士になります」
「人を斬るのは嫌だと言っていたではないか?」
シェダ様は、いくらか挑戦的な目で俺の表情をのぞき込んだ。
「ええ、嫌です。でも、騎士になります」
俺はまっすぐシェダ様の目を見返した。シェダ様は微かに口元をほころばせる。
「吹っ切れたんだね?」
はい、と俺は大きくうなずいた。